迷いの中で見つけた、自分の役割
〜キャリアのハブとして生きるという選択〜
こんにちは。
今日は、私がキャリアカウンセラーという道を選んだ原点と、そこから現在に至るまでの変化についてお話ししたいと思います。
この話のきっかけは、2018年に取材(「キャリアカウンセラーという生き方」著者:古川晶子さん)を受けたことでした。
当時を振り返りながら、今あらためて言葉にしてみようと思います。

順調だと思っていた人生で、立ち止まったとき
1971年生まれの私は、当時「自分のキャリアは比較的順調だ」と感じていました。
仕事にも恵まれ、それなりの責任ある立場で働いていました。
しかし、人生は思い通りにいかないものです。
離婚という大きな転機を経験し、仕事も生活も、気持ちの置きどころを見失う時期がありました。
そんなとき、当時の上司からふと投げかけられた言葉があります。
「ちょっと、外に出てみたら?」
その一言がきっかけとなり、私は「キャリアカウンセラー」の資格取得に挑戦しました。
「弱さを出してもいい」と知った学びの時間
本来3か月かかる通信講座を2か月で集中的に学び、通学講座へ・・・2008年に資格を取得しました。
(この資格は現在、国家資格となり、社会的な位置づけも大きく変わっています)
学びの中で、私が最も衝撃を受けたのは「自己開示」の大切さでした。
管理職という立場上、「強くなければならない」「感情を見せてはいけない」
そんな無言のプレッシャーを抱えながら働いてきました。
しかし、そこには違う世界がありました。
弱さを語ってもいい。迷いを言葉にしてもいい。
そのことが、想像以上に自分自身を楽にしてくれたのです。
この経験が、今の私のカウンセリングの原点になっています。
ただ話を聴くだけではなく、その人が次の一歩を踏み出すために、そっと背中を押す。
それが、私のスタイルです。
埼玉から大阪へ。「ハブ」としての現在地
2018年の取材当時、私は埼玉の人材派遣会社で、行政の公募案件や派遣スタッフのキャリア支援等に携わっていました。
それから数年が経ち、現在は拠点を大阪に移し、2社の役員として経営にも関わっています。
以前から私は、先頭に立つリーダーよりも、ナンバー2やコーディネーター、人と人、組織と組織をつなぐ「ハブ」のような役割が自分らしいと感じていました。
その感覚を大切にしながら、派手なことはせず、誠実に続けてきた結果が、今の立場につながっているのだと思います。
これからも、「一歩外に出る勇気」を支えたい
あのとき、上司の一言がなければ、今の私はいません。
だからこそ今度は、誰かが「外に出てみよう」と思える瞬間を支える側でありたい。
家族との時間も大切にしながら、大阪という場所で、人と組織の可能性をつなぐ「ハブ」であり続けたいと思っています。
あとがき
2018年の自分に「今は大阪で会社役員をやっているよ」と伝えたら、きっと驚くでしょう(笑)。
けれど、人の成長を支えたい…
その想いだけは、当時から何ひとつ変わっていません。
あなたも、自分らしい役割を見つけてみませんか。
国家資格キャリアコンサルタント
荒川 貴司





