今日の選択が、明日の物語になる(私の3社目の物語)
退職してから3ヶ月ほど、知人の仕事を手伝いながら、私は次に何をするべきかを考えていた。
焦りがなかったと言えば、きっと嘘になる。
ただ、不思議と心は以前ほど追い立てられてはいなかった。
「次は、きちんと自分で納得できる選択をしたい」それだけは、はっきりと胸の中にあった。
急いで答えを出すよりも、一度立ち止まり、自分がこれまで何を大切にしてきたのかを確かめる。
そんな時間が、今の自分には必要なのだと思っていた。
そんなある日、一本の連絡が入った。
前職の頃、私がセミナーを企画させていただいたことのある会社からだった。
埼玉を拠点に、派遣事業を展開している企業である。
久しぶりに会って話をする。それくらいの気持ちで足を運んだはずだった。
その会社は、派遣や請負をメイン事業としながら、企業向けにセミナーや研修を企画・運営する事業部を持っていた。そして、その業務を担える人材を探しているという。
話を聞きながら、私は自然と自分のこれまでを振り返っていた。

前職では、キャリアカウンセラーの資格取得をきっかけに、人との出会いが一気に広がった。
そこで得た人脈を活かし、企業や大学向けにセミナーや人材育成の企画運営を行ってきた。
しかし、所属していたのは大企業のグループ会社だった。
本来の事業は人材派遣や特例子会社としての運営であり、社外向けのセミナーや人材育成は「なぜ、そんなことをやっているのか?」と問われる存在だった。
前回の物語でお話しした、あの上司がいた頃は違っていた。
「会社の中だけで完結するな。外に出て、人脈をつくれ」
その言葉に背中を押され、私は社外のセミナーや勉強会に足を運ぶようになった。
すぐに評価されることはなかった。
それでも、人と人をつなぎ、学びの場をつくることには、確かな意味があると信じていた。

そして迎えた、3社目の社長との面接の日。
私はA4一枚の紙を用意していた。
そこには、これから自分がやりたい事業のプランを書いた。
セミナーや研修という「場」を通じて、人と人をつなぎ、企業と個人をつなぎ、やがては地域をつないでいく。
派手さはないが、自分がこれまで大切にしてきたことを、そのまま言葉にしたものだった。
「この会社で、これをやらせてください」自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
もう、誰かに認められたいわけではなかった。
ただ、自分が信じてきたことを、正直に伝えただけだった。
思いは、届いた。
こうして私は、たった1人の事業部として、中小企業での仕事をスタートさせることになる。
最初は、何もなかった。明確な正解も、潤沢な予算もない。
頼れるのは、会社の取引先やリソース、そして自分自身の経験だけだった。
それでも、事業は少しずつ形になっていった。
埼玉県の委託事業として、女性活躍推進、シニア活躍推進、セカンドキャリア支援に携わり、派遣先企業や派遣スタッフ向けの研修・セミナーの企画運営も担当した。
前職にいたままだったら、きっと経験できなかったことばかりだった。
失敗も多かったが、その1つひとつが、確実に自分を前に進めてくれている気がした。
小さな事業部だったから、正直なところ、会社全体の業績への貢献度は高くなかったと思う。
それでも、地道な活動はゆっくりと、しかし確実に広がっていった。
コロナ禍は、大きな試練だった。
それでも多くの人に助けられながら、最初にA4一枚で描いた事業プランは、ほぼ形にできたのではないかと思っている。
その後、職業訓練校の運営にも関わり、求職者の再就職支援を行うようになった。
キャリアカウンセラーの資格を活かし、「次の一歩」に悩む人たちと向き合う時間は、静かだが確かな手応えがあった。

気がつけば、7年の月日が流れていた。
私は、50歳になっていた。
特別な出来事があったわけではない。
大きな志が生まれたわけでもない。
ただ、ある日ふと、心の中に小さな声が聞こえた。
「もう、自分でやってもいいんじゃないか」
それは衝動ではなく、積み重なった納得だった。
これまでの経験も、出会った人も、失敗も、すべてを自分で引き受ける覚悟が、いつの間にか整っていた。

こうして私は、独立の道を選んだ。
人生は、いつも途中だ。
だからこそ、今日の選択が、明日の物語になる。
私のキャリア(セミナー・研修事業編)
国家資格キャリアコンサルタント
荒川 貴司





